本屋大賞を受賞した作品『成瀬は天下を取りにいく』というタイトルを見たとき、「天下ってなに?」と少し首をかしげてしまいました。
けれど調べてみると、それは決して大きな夢や野望ではなく、ただ、自分の信じたことを、ひとつずつ、丁寧にやっていく姿勢のことのようでした。
ただ、毎日西武大津店に通う少女
主人公の成瀬あかりは、滋賀県にある西武大津店に、閉店が近づく中で「毎日行く」と決めます。
理由は特別じゃない。
でも、彼女にとってはきっと、それが大事な「天下」なんですよね。
コロナ禍の閉塞感の中で、変わらずそこにあるものにまっすぐ向き合う姿に、読んでいないわたしまで胸が熱くなりました。
誰かの目を通して見える、まっすぐさ
この作品は、彼女自身の語りではなく、周囲の人たちの視点で語られる連作短編集だそうです。
たとえば、彼女の幼なじみや、カルタ大会で出会った男子高校生。
どの人の目にも、成瀬の姿はぶれずに映っていて、だけど少しずつ違って見えている。
人を通して誰かを見ることの面白さや、そこににじむやさしさが、物語に深みを与えているように感じました。
滋賀の景色と、ここにある日々
舞台は滋賀県大津市。
西武大津店や膳所高校、琵琶湖の情景などが描かれているそうで、土地の空気がそのまま物語に溶け込んでいるようです。
実在の地名が出てくると、その場所に行ってみたくなりますね。
ただの舞台ではなく、「そこにある生活」が描かれているからこそ、作品全体がやさしく包み込んでくれるのかもしれません。
「わたしの天下」ってなんだろう
読後のレビューを見ていると、「わたしも、自分の天下を取りにいこうと思った」と書かれている方が何人もいました。
特別なことでなくてもいい。
ちょっとした自分の決意や日々の習慣を、堂々と守り続けること。
それが、今のわたしたちにとっての「天下」なのかもしれませんね。
静かな勇気をもらいたいときに、そっと手に取りたくなるような一冊。
『成瀬は天下を取りにいく』は、そんな空気をまとった物語のように感じました。
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